国道399号ツーリングと辻まことさんの墓参り

40年くらい前に亡くなりましたが、辻一(つじまこと)さんという人がいました。

私が好きな作家の恋仇、不倶戴天の敵だったというのがきっかけで、辻さんの著作や生前の行いに興味を持ち、辻さんを敬慕するようになりました。

辻さんは物書きであり画家であり、登山を愛しスキーやギターの名人もあり、とても魅力的な人だったそうです。辻さんがどう面白いかと問われると表現するのが難しいです。私にとって辻さんは、よく分からないけれど惹かれる、釈然としない人物です。

人は何かの功績や結果、仕事であるとか作品であるとか、そういった結果を残せれば、人格は二の次だと私は思っています。

辻さんは作品を除いたら何も残らない人間にはなりたくない。とおっしゃていたそうです。私は芸術家であるとか表現者という人は、健全な自己表現力や自己顕示欲の塊だと思っています。

よって、辻さんの言葉はたいへん興味深いのですが、なにか釈然としませんでした。

福島県の川内村の長福寺に、辻さんのお墓があります。福島県の太平洋側の浜通り付近は、東日本大震災で生じた放射能汚染の影響で立ち入れない地域がまだ残っていますが、原発事故から時間が過ぎて放射線の数値が低下したのでしょう、バイクで走れる道はすいぶんと戻りました。

私は福島県の東側を南北に縦断する国道399号が好きでして、何度か東京から福島経由で山形までツーリングに用いていました。ですが、震災以降399号は通行止めになっている箇所が多く、走行していませんでした。

今年、多くの箇所の規制が解除となったようで、私は今年はコロナの影響で殆ど遠出していなかったのでちょうど良い機会と思い、福島県川内村にある辻まことさんの墓参りを兼ねて、日帰りですが国道399号を用いたツーリングに向かいました。

放射線の線量は0.22を示していました。国道399号の付近には、除染された草木を詰め込んだ黒いビニール袋が積み重なっている場所もありました。

今回はBMW R100RTモノサスの最終型でツーリングしました。足回りや馬力は現行型に及びませんが、狭い日本をゆっくり長距離ツーリングをするのであれば、楽しく快適なバイクです。

山門は風情がありまして、良いお寺だと嬉しくなりました。

山門横の朽ちた自転車は、検索したところ先代の住職の自転車だそうで、先代の住職は辻さんと仲が良かったそうです。辻さんと同じく、ユニークで魅力ある住職だったのでしょうか。

手前の小さな墓石に、辻さんと奥様が眠っています。素朴で味わいのある親しみのあるお墓でした。

墓参りを終えてバイクに戻ろうとしたところ、この付近は風が強いのか、もの悲しげな風の音を聞いて陰鬱とした気分になりました。

そういった感情のときに、辻さんが残した句碑を見つけて、はっとしました。「松風はわれらが笛や長福寺」

私は俳句に不案内です。

よって辻さんの俳句の意味を調べました。松風とは、海沿いに植えてある松が、風に吹かれて寂しく寒々しいさまという意味だそうです。長福寺の風が陰鬱というのは私の主観です。辻さんはもの悲しげな風を笛の音色にも感じたのでしょう。

先にもご紹介した辻さんの言葉、「作品を除いたら何も残らない人間にはなりたくない」。辻さんのこの言葉は、私には釈然としませんでしたが、ツーリングでここ長福寺に来て、もの悲しげな風の音を聞いて少し理解できたように思えます。

私の勝手な想像ですが、辻さんは豊かな感性の持ち主であり、それに溺れない人でもあったのだろうと思っています。

そういえば長福寺は曹洞宗の禅寺でして、おかげで私は釈然としなかった辻さんの言葉を少し理解できたのだろうか、これは禅問答の公案を解いたようなものだろうかと微笑しました。

いや、待て、禅問答は臨済宗だったかなと記憶が曖昧で、博学な辻さんが生きていれば、指摘して下さるだろうにと笑いました。

辻さんは生前、長福寺を好んでいたそうです。私も今回のツーリングで、長福寺と川内村が好きになりました。来年、また来ようと思っています。