私はどちらかというと理屈っぽい人間なので、発生した現実に「なぜだろう?」と思案します。
考えても貯金は増えませんし、殆どの思案は時間の無駄なのでいいかげん止めたいのですが性分なのでしょう、思案は止みません。
ここ15年間、ずっと考えている事がありまして、それは何かといえば「ツーリングの感動は再現できるのだろうか?」というテーマです。
15年前の感動体験
15年前の2002年、日本でサッカーのワールドカップが開催された年ですのでよく覚えています。
その年の5月の連休に、私は初めて中国地方にツーリングに行きました。その日は山口県の秋吉台付近から出発し、海沿いから国道191号線を用いて広島方面に向かい、島根県の益田市付近で夕暮れになりました。
その時、島根県の山中だったと記憶していますが、だしぬけに「ツーリングは素晴らしい」「バイクは楽しい」と、たいへん感動し幸福感に包まれました。
その高揚感は免許をとり初めた頃の、バイクを運転した感動をはるかに超えるもので、広島県の三段峡付近まで1時間くらい続きました。
島根山中の至高体験
心理学者のアブラハム・マズローは、日常でのささいな行動や些事から、突然に幸福感に包まれる体験を「絶頂体験」とか「至高体験」と命名しました。とある主婦はマズローに、家族の為に洗濯、掃除、日常の家事を行っている際に、「私はなんて幸せなのだろう!」と幸福感に満たされたと伝えたそうです。
島根山中を走行中に得た私の感動はこの主婦に近い体験でして、法定速度をやや上回る程度のスピードでゆっくりと走り、スリルや緊張、熱中とは無縁な、日常生活に近いゆったりとした意識での事でした。
表現するのは難しいのですが、受け身な感動、受動的な感動という感覚です。
能動的な感動がスポーツや対戦競技だとすれば、受動的な感動は、文学、音楽、絵画といった芸術作品に触れて感動する性質に近いのかもしれません。
それまでの、バイクの運転で得られた私の快感や感動は、能動的な運転、熱中や緊張などで得られたものでした。島根山中で得た感動は、そういった感動とはまったく違う種類の感動だったので深く記憶に残っています。
なぜ、私はあれほど感動し幸福感に包まれたのか今でも不思議に思います。また、あの感動を再現できないだろうか?と、思いだしては思案します。
あのときの至高体験について考えてみると
あの時の感動の直前までの状況、環境、天候をつらつらと考えますと、私はその日の午前中まで懇意にしているお客様と一緒にいました。私は人様に気を遣う性分ですので、お客様と離れて、はじめて解放感を伴ったのかもしれません。
人は追い詰められた後に開放されると、反動で幸福感や絶頂感に満たされるそうです。受験勉強をながく続け、志望校に合格した学生がそうだと聞きます。私は気を遣うあまり、無意識に自分を追い込み余計なストレスを得て、お客様から離れてストレスから解放された反動で気分が良くなったのかもしれません。
未知の道を走る期待は楽しいものです。その時の私は、初めて走る中国地方の道路を新鮮に感じていたのでしょう。
感動を得た時間は、夕暮れから逢魔時のことでした。この時間帯は人によっては意識に影響を与える時間帯だそうです。これもおおいに影響しているのでしょう。
BMWのバイクがもたらす影響
その時のツーリングに用いていた車体は、BMW R100RT モノサスのトラッド仕様モデルでした。
BMWは恰好のツーリングバイクである上に、こういった事柄の相乗効果が、あの島根山中での感動だったのかもしれません。
感動を100%とすると、バイクの特性が30%、道路/風景が30%、気分/感情が20%、天候/気候が10%くらいだろうかと想像し、これらが積み重なると、あの感動を得られるのではないか?と仮定しています。
その後、R100Tツインサス、R80モノサス、R100GS、R1100シリーズ、R1150シリーズ、F650、F800GSなどのBMWのバイクに乗りましたが、あの時の感動とは種類が違うタイプの楽しさで、島根山中での感動を殆ど再現できなかったので不思議に思います。
R1100以降のBMWは素晴らしい性能ですが、2バルブOHVのR100RTとは全く違うバイクです。
かといってR100RTに近いと思われるR100Tツインサス、R80モノサスやR100GSも、R100RTで得た感動は得られませんでした。
360°爆発間隔のフラットツインのエンジンが、私の感動に一役買っていたのだろうと思案し色々と乗り比べましたが、どうやらエンジン特性以外にも、私の感動の要素はあるようです。
各モデルの違いと個性
R100RTモノサスは、R100Tツインサス、R80モノサス、R100GSと何が違うのでしょう。
RTとGSは違う種類のバイクですが、エンジンは似たようなものです。決定的に違うのは、カウル形状、マフラー、キャブレターの口径(RT32φGS40φ)、リアのファイナルがフローティングか、否かという点です(RTはリジットサスペンション)。
推測ですが、アクセルのツキが良い小径キャブレターで、アクセルの挙動がダイレクトでスクワット/アンチスクワットが強い、ファイナルがリジットマウントのシャフトドライブの車体が、私が好むツアラーなのでしょう。
R100Tツインサスのキャブは40φ、リアサスは2本サスで動きはモノサス比べてぎこちなく、ストローク感が乏しく思えます。
R80の車体はR100RTとほぼ同じですが、エンジンが800ccですのでR100RTよりは非力です。
機関として判断すれば振動が少なく油温も上がらずウェルバランスで良いエンジンですが、R100RTの振動は長距離でも許容出来る範囲で、私と相性が良いのでしょう。私の嗜好の幅はけっこう狭いのかもしれません。
至高体験の再現に挑戦
あの時の感動を再現してみようと、今年の7月の上旬、私はまたモノサスのR100RTを購入し、北海道までツーリングに行き、実験してみました。
7月末に車検を取得し、点検、整備し、出発までに試運転で500キロ乗ったあとでの、慌ただしいツーリングでした。
BMW R100RTにて再現に成功
結果、今回のツーリングで、島根山中での半分程度の感動を再現出来ました。
出発前、私はメンテやら試運転に追い込まれ慌ただしくイライラしていましたので、解放されたその反動と、私と相性の良いエンジンや車体が、今回の感動を呼んだのでしょうか。
今回のツーリングで、夕暮れに景色の良い未知の道を走行していたら、島根山中での感動に迫っていたかもしれません。
私のような凡人の感受性は、年齢と共にすり減るのが常ですから、あの時の感動を得るのはもう難しいのでしょう。
しかしいつか再現してみたいと思案しています。
もし15年前の自分に会えるとしたら「そのR100RTは売ってはダメだ」と言いたいです。
さすればもっと感動の多い人生を送っていたことでしょう。